大薮春彦と「餓狼の弾痕」

 大藪春彦晩年の作品に「餓狼の弾痕」というものがあって、これくらい衝撃的な作品も少ない。読み進むうちに冷や汗がでてきた。

 この作品の粗筋を記す。

 金銭強奪組織「オペレーション・ヴァルチャー」というものがあり、その実行部隊が

1・悪徳金満家の家に忍び込んで
2・護衛たちを射殺して
3・金持ちから金を奪い
4・見せしめに愛人を爆殺し
5・次の獲物を聞き出して
6・脱出する

 小説の冒頭から最後まで1〜6を繰り返すのみ。文章もほとんど同じで、金品を奪われる悪人と爆殺される対象が変わるだけなのだ。
 読み進むうちに目眩にも似た感覚にとらわれ、あやうくトリップしかけるというドラッグのような小説である。私は大薮の晩年の作品をほとんど読んでいないが、多くの作品が表現の「繰り返し」だったらしい。
 ワープロやパソコンを使って執筆する作家ならば、コピー&ペーストで容易に書けるものだろうが、はたして大薮春彦はキーボードを叩いて書く作家だっただろうか。

 晩年、大薮春彦は壊れていたともいう。
 一説には、アフリカやモンゴルでの狩猟のさいに、ウイルスに感染してそれが後に脳を侵したともいう。侵された脳は回路がおかしくなって、描写がリフレインしていることにも気がついていなかったという説もある。

 しかし、だからと言って大薮春彦という希代の作家の偉大さがいささかでも損なわれるものではない。
 大薮春彦は、「野獣死すべし」を書いたという一点で偉大である。
 そして、長年にわたって本屋の棚を占拠してきた圧倒的なボリュームの作品群を生み出した旺盛な創作意欲には目を見張る。
 読みはじめたら止まらず、「大薮中毒」の症状を呈して、次から次へと、未読の作品を漁ることになる。硬質な文体を用い、圧倒的な暴力描写で描き出される人間の恐るべき業。時には小説のバランスを崩して書かれるメカニズムや武器の細密な描写。さらには主人公のトレーニングや食事の場面にも息をのんだ。
 伊達邦彦や西城秀夫、鷹見徹夫・・・大薮アンチヒーローにどれだけ励まされたことであろうか。
 大薮春彦は、それ自体が「大薮ノヴェルス」というジャンルであった。
 膨大な数の亜流を産みだしたものの、誰も大薮を凌駕することなしえず、「大薮の前に大薮なし、大薮の後に大薮なし」(平井和正)と形容される、日本の文学界に孤絶して屹立する巨峰だった。

 いま、本屋に足を運ぶと新刊として手に入る大薮作品の数の少なさに悲しくなる。若い本の読み手は大薮を「体験」する機会が限られるのだから。

 ここから書くことは妄想である。
 大薮春彦は人間の業、人間がつくり出す地獄の様を描き出してきた。
 もしかしたら大薮は無意識のうちに「悪魔」を召喚して、その力を得ていたのではないか。そしてその代償として人間としてのちからを奪われたのではないか・・・
そんな事を思ってしまうのだ。
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